らくてん会

らくてん会は西成寄席のお世話とアマチュア落語・演芸のサークルです。

3.百年目(男のきもの)

3.百年目(男のきもの)

【あらすじ】

船場にあるけっこうな商家のおはなし。むかし、商家の奉公人といえば、上から「番頭→手代→丁稚」という厳然としたヒエラルキーが存在していたのだそうで、はなしの主役は番頭さんです。このひと、自他共に許す、お店の大黒柱。旦那さんからの全幅の信頼と他の奉公人からの畏怖を一身に集める、まさに仕事の鬼でございます。が、一皮むくと、「アソビ」のほうも一流で、旦那さんや店のものには内緒で、粋な隠れ遊びをする。ある春の午後、屋形船をしたてて桜ノ宮でお花見をしていたところが、通りかかった旦那さんと鉢合わせ。この旦那さんが叱るどころか「たまには誘え」と、またさばけた方です。はなしとしては、この旦那さんの鷹揚な懐の広さも素敵ですが、番頭さんの「ギャップ」に心惹かれる女性も多いのではないでしょうか。(南坊)

<参照:全編内容は「特選上方落語覚書」(http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/index1.htm)など>

【展示室】

故・桂米朝師匠の名演で知られる上方落語の大ネタ中の大ネタ。名人上手がやればまことに聴きどころ満載です。そうした中で、噺の前半、番頭さんの隠れ遊びの心理を浮き上がらせ、印象づけるのに大いに役立っているのが“きもの”です。

まずは、番頭さんを待ちあぐね早く船場のお店を出るよう促しに来た幇間。頭をツルツルに剃りまして、ちょっと尻からげして、下には海気のパッチを見せたという、もう太鼓持ち丸出しの恰好で店の前をうろうろするもんですから、番頭さんは気が気でありません。

海気は甲斐絹、改機、海黄とも-絹練糸で織った平絹。パッチは、朝鮮語由来、股引の長くて足首まであるもので、江戸では絹製のものを呼んだとのこと。(以上「広辞苑」より)

絹製の股引の適当な画像が見当たりませんので、ここでは甲斐絹の生地と祭り用の木綿製股引の画像を掲示しました。幇間さんの派手なパッチ姿が目に浮かびます。

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▲絵甲斐絹 1913年[大正2年]            ▲縞甲斐絹 1910年[明治43年]

(「甲斐絹ミュージアム」より)              (「甲斐絹ミュージアム」より)

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▲祭りの股引(Kimono Nagomiya)

使いの太鼓持ちを一足先に高麗橋の船着き場へ帰しました番頭さん、辻を二つばかり回ったところの駄菓子屋へ入ります。そこの二階に箪笥が一棹預けてございまして「お婆ん、邪魔するで」ギシギシギシギシ、上へあがるというとそこで店の木綿ものを脱ぎ捨てまして、自前の着物に着替えます。

下に着る肌襦袢は天竺金巾(てんじくかねきん)に八王子の衿のかかったもの。「天竺」は、天竺木綿の略で、もとはインドから輸入、金巾よりやや厚手の白生地木綿織物。「金巾」は、ポルトガル語由来で、細く上質な綿糸で目を細かく薄地に織った綿布、カネキンまたはカナキン。「八王子(織)」は、八王子市およびその周辺で産する織物の総称、多摩織。(以上「広辞苑」より)
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▲金巾の生地(アトリエ・ヴォルト)       ▲多摩織(八王子織)(呉服のかわむら)

その上に着る長襦袢は、京都へさして別に染めにやりました自慢の品でございます。鶯茶の地の上に大津絵の一筆書きを散らしたという、ごく粋(すい)なもの。

鶯茶は、緑に茶と黒のまじった色。大津絵は、近世初期より近江国大津の追分・三井寺辺りで売り出された民衆絵画。代表的な画題は「鬼の念仏」「槍持奴」「藤娘」「瓢箪鯰」「座頭と犬」など。(以上「広辞苑」より)地色が鶯茶の長襦袢は適当な画像がなく、以下に鶯茶の着物や生地と代表的な大津絵を掲げました。

鶯茶の着物(二代目清次)  うぐいす茶(コスモテキスタイル 麻キャンバス 無地 生地 リネン100% )

▲鶯茶の着物(二代目清次)               ▲鶯茶の生地(麻リネン)
(やまてんブログ)                       (コスモテキスタイル)

▼「大津絵」(大津絵の店・大津絵十種より)

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▲鬼の念仏               ▲槍持奴                    ▲藤娘

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▲瓢箪鯰                       ▲座頭と犬

さて、着替えを済ました番頭さん、着物、羽織の紐から持ち物、帯、雪駄の鼻緒にいたるまで、一部の隙もございません。どっから見ても大店(おおだな)の立派な旦那が出来上がり、チャラチャラチャラチャラ雪駄を鳴らしながら皆を待たしてある高麗橋へやってまいります。

一部の隙もないということは、付けている品が高質であることは申すまでもありますまいが、またそれぞれの着付け・着こなしの方も洗練されているに違いありません。

翻って私ども素人落語家の多くは、品が低質であることは言うに及ばず、着付けすらなっていないと自認するところ。「百年目」を演じるというような大それたことは考えないとしても、やはり着付けぐらいは何とかしたいもの。

そこで企画しましたのが「男のきもの着付け教室と落語『百年目』を聴く会」というマニアックな催し。平成27年11月29日に、大阪・御堂筋の古刹、三津寺さんで開催しました。着付けの講師は、らくてん会の三味線担当で、プロの着物コンサルタント、普段は着付けを教える人を教える立場の冨田道子さん(全日本きものコンサルタント協会所属)。落語の方は、アマチュアで「百年目」をきっちり演じられる方はそう多くないと思います-らくてん会でもお世話になってます柱祭蝶さん。祭蝶さんの落語には、まきぞうさんの三味線、古印亭勝丸さんの太鼓も入るという幸せ。参加者各人が実際に着付けるため、あまり多くの方には参加いただけませんでしたが、その分まことにリッチな気分になれた晩秋の午後でした。

▼「男のきもの着付け教室と落語『百年目』を聴く会」

男のきもの・百年目チラシ-1(H27.11.29)           
  
  

事前に数人の素人落語仲間に問うたところでは、お互い日ごろの自分の着こなしについてよく似た悩みを持っていることが分かりました。以下は、その主なものと、この催しで判明した(とは大げさですが)解決策の一番キモのところです。次の写真は、終演後の記念撮影で動かぬ証拠が残されていました本稿担当の悲惨な姿。下記の問題点のうち①から⑤がすべて当てはまります。

鏡のないところで襦袢や着物の前を正しく合わせられない→ 襦袢は、背縫いが背中央に来るように、顔の中心で衿先を合わせ、衿を首に添わせます。着物を羽織ったら、両袖口を持ち、衿山を左右にピンと引くことで、これも背縫いを背中央に合わせます。
    

襦袢や着物をきちんと合わせても腰ひもを回すとき締めるときにモタモタとしてズレてしまう→ 前を合わせた右手で着物を押さえたまま左手で腰紐の中央を持ち素早く腰骨に当てられるよう、あらかじめ腰紐の真ん中を取りやすいように準備しておきます。

動きの激しい落語を演じるとどうしてもカッコ悪く着崩れる→ 結ぶ間に腰紐が緩んでしまうのが一因。おなかを包むように、後ろでやや高く交差させて回した紐は、二本ともにからげてから結びます(中心に結び目が来ないように)。また、痩せた人は、おなかにタオルを巻いたうえで腰ひもを掛けます。

鏡のないところで襦袢の衿がカッコよく適度に見えるようにするには→ 襦袢と着物の衿に人差し指をあて、指先から第一関節までの長さを目安に、襦袢の衿が1~1.5㎝見えるように衿合わせをします。衿合わせをしたら、紐より下で衿山を引いておくとすっきり仕上がります。

ポリの着物ゆえか、帯を前で結んで後ろへ回すと、着物がよじれてズレてしまう→ 帯を後ろで結べるようになればこのような事態はなくなります。前で結ぶのに慣れたら、帯の姿をイメージしながら後ろで結べるようにします。はじめは後掲のテキストを見ながら稽古すればよいでしょう。もっとも、絹の着物を着ている人から、帯を前で結んで回しても着物がよじれたことはないと聞きましたが…。
  

簡単な結び方では、羽織の紐がどうしてもゆがむ→ 平打ちの羽織紐の場合、最も簡単な普通の結び方ではどうしても左右にやや傾きゆがみますので、テキストにあるような平紐の結び方をします。この結び方一つを覚えれば、丸組みの紐にも使えて便利です。
  

狭い場所で着物をたたむのに難儀する→ ポリの着物なら袖だたみでもどうということないかも知れませんが、狭い場所でも立ったままで本だたみができればそれに越したことはありません。西成区山王のリフォーム着物屋さんで教えて頂いたのがテキストにある立ったままでの本だたみです。衿を本だたみのように折り重ね、肩山、袖山を揃えたのち上前、下前の各肩山を衿肩あきというポイントで反対側に折り返して重ね合わせるのが一番肝心なところです…と、こう言うてもお分かりにならんでしょうね。テキストを見ながら実地に試みてください。
  

以上、プロの落語家さんにとってはまことに初歩的なことかと思います。アマチュアも素早く美しく行きたいもの。仲間からも、「貝の口」以外のカッコいい帯の結び方や、袴の正しい付け方・畳み方といったより高度なことのリクエストもありました。後掲の「男のきもの着付け教室テキスト」欄に当日のテキスト全頁を掲げていますので、ご参照ください。

さあ、番頭さんの方は、屋形船が桜ノ宮へ着くころには酔いが回って、皆にされるまま、扱帯(しごき=女性の腰帯の一)をあごの下からグルッとまわして結び、顔が見えないよう頭の上に扇子を付け、「ちょっと片肌脱がしまひょ」「あかんあかん、肌脱がすやなんて、何をすんねん。これ、これこれこれ…」と言いましても下には別染めの襦袢、それを見せたいなぁちゅう気持ちもあるさかい「何をすんねん…」綺麗ぇに脱がされて、皆に押されるようにして陸へ上がります。

噺の後半、旦那に隠れ遊びの現場を目撃されてからは、もうまさに番頭さんや旦那さんの心理描写そのものが焦点。画像でご紹介するのが相応しい背景描写や小道具は見当たりません。演者の力量がもろにあらわれるところ。本担当など演ろうとしても、もうそれで百年目(「おしまいの時」の意、陰謀などが露見した時などにいう-「広辞苑」より)となるのがオチの「百年目」でしょう。出る幕ではありません。オシマイ! でんでん。

(参考サイト)

・甲斐絹ミュージアム(山梨県富士工業技術センター) http://www.pref.yamanashi.jp/kaiki/

・Kimono Nagomiya  http://global.rakuten.com/en/store/753ya/

・アトリエ・ヴォルト・らくてん市場店

http://item.rakuten.co.jp/atelier-votre/10000127/

・呉服のかわむらHP http://kimonokawamura.i-ra.jp/

・福井・若狭・小浜「やまてんブログ個人的覚書」ヤフオク出品情報http://blog.livedoor.jp/yakisabazusi/archives/2014-11.html

・ヤフーショッピング・コスモテキスタイル http://store.shopping.yahoo.co.jp/quickspeed15/2bbo579lut.html

・大津絵の店HP(管理者 高橋信介) http://www.otsue.jp/intro_busi.html

・大津絵美術館HP(滋賀県大津市・総本山円満院門跡・内) http://www.enmanin.com/otsuemuseum.html


(男のきもの着付け教室テキスト)
表紙      着物名称

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<後記:柱祭蝶さんの「百年目」、口演は久し振りとのことでしたが、予想どおりまことに味のあるもので感激しました。やはりこのネタは、ある程度社会人としての経験を積んだ中年以上、サラリーマンなら管理職の経験者が演るのが良いのかなと思いました。本稿アップロードまでには、落語に登場する別染めの襦袢など相応しい本物に遭遇できず今後の課題となりました。前掲の「男のきもの教室と落語『百年目』を聴く会」のチラシには、ご縁あってプロの落語家さん桂福丸師の素晴らしい着こなしのお写真を使わせていただきました。福丸師のご了解を得たつもりで作成し画像データを送りましたところ、「なるほど、胸のところのアップてこーゆーことだったのですね」とのご返信が届きました。きっと「ええ~ッ、私の顔はどこに?!」とお思いだったでしょうね。お心の広い福丸師に、改めて感謝申し上げます。>    (担当:水車)

 

 

 

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