らくてん会

らくてん会は西成寄席のお世話とアマチュア落語・演芸のサークルです。

「上方落語万華鏡」

1.茶の湯

【あらまし】

 一代で財を成し、身代を息子に譲って隠居した親だんな。身の回りの世話をする丁稚の定吉と隠居所暮らしです。閑(ひま)は出来ましたが、仕事一筋に生きてきた人ですので趣味も道楽も無い。我流で茶道のまねごとを始めるのですが、もとより茶の湯のたしなみなどはありませんから、抹茶の代わりに青大豆の粉を使ったりして、茶席に招かれるお客はたまったものではありません。

 落語にはいろいろな食べ物が登場します。一度グルメランキングやワーストグルメランキングなど作ってみても面白いかもしれません。そうなったら、このお話に出てくるのは言わば「緑色のきな粉のお湯割り」(サポニン含有のムクロジ果皮煮汁入り)ですので、「ちりとてちん」の腐った豆腐などとちがって飲食できるものなのですが、味の不思議さ・奇妙さ・不快さにおいて決して侮れないとわたしは思います・・・、が試すつもりは・・・。                         (南坊)

<参照:全編内容は「特選上方落語覚書」(http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/index1.htm)など>

【展示室】

◎落語では、ご隠居宅の離れがお茶室になっております。

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(茶室例・ウィキペディアより)                    (茶室例・Sekisui Interior事例集より)

◎水車が2ヶ月ほど週に1回天下茶屋の先生のところへお茶のお稽古に通い、その折にお道具や生徒さんのお手前の様子などを写真に撮らせていただきました。お稽古の場でのこと、もちろん完璧なものではないですが、当ミュージアムの趣旨には十分に適う展示になったと思います。天下茶屋の先生、生徒さんありがとうございました。

◎落語では、ご隠居さん、丁稚が買うてきた青黄な粉(うぐいす粉)でお茶を点てようといたします。ご承知のとおり、茶の湯の方では炭を ひとつつぎますのでも「炭手前*(すみでまえ)」といういろいろとややこしい作法がございますが、そういうことは一切(いっせつ)お構いなしでございます。 *茶の方は「点前」

◎綺麗に切ってある炉。大馬崎先生のお茶室の炉には、お稽古用にはもったいない意地塗りという高級な漆塗りの枠がはまっています。長年使っても傷まないのだそうで、色といい艶といい傷一つもないまさに新品のよう。

呂と釜
(炉と茶釜)

◎・・・炭手前では、炭道具の運び出し(茶室に持ち込むこと)から下げるところまで順々に実に細かな作法がございます。空気の対流を促す「湿し灰」を撒いた後の、炭をつぐところだけをとれば(濃茶から懐石を経て薄茶までフルコースで行う際の濃茶の前の「初炭手前」=しょずみでまえ)、まずあらかじめ炉に準備されていて種火となる「下火」の位置を直し、一番太くて大きく炉の中心となる「胴炭」や、少し小さくて火力をつける「丸ぎっちょ」「割ぎっちょ」と称される炭を一定の順につぎ、そして導火線の役割をする細長い「丸管炭」 「割管炭」や胡粉・石灰を塗った「枝炭」を積み、最後に一番小さい「点炭」を乗せる-となりますが、そこは知ったかぶりのご隠居さん、殆ど逆さまに、まず炭を山積みにいたしまして、から消しを乗せて、火の種を置きますというと、上からもって渋団扇で、バタバタバターッと、何じゃ茶の湯やら、サザエの壺焼きやら分からんという・・・。ちなみに、茶の湯の方で炉を使うのは11月から4月までの間やそうで、5月から10月までは風炉を使うとのこと。

炭手前1  炭点前2
(炭手前の道具・材料)                       (下火の位置を直す)

炭点前3  炭点前4
(湿し灰を撒く)                           (炭をつぐ)

茶道具一式
 (風炉と道具一式)

◎さて、ご隠居さん、離れのお茶室にある先住者が残したお道具で、お茶を点てようとします。湯を汲む柄の長い柄杓(=ひしゃく)、丁稚曰く「こんだけ柄が長いとな、匂いがこっちへ来るまでに汲めるというババ買いとおんなじ要領」。 耳かきの親玉みたいなやつ(茶 杓=ちゃしゃく)。どういうわけかいつも先がかじかんでる茶ぼうき(正しくは茶筅=ちゃせん)。絹で合わせになったある贅沢な雑巾=ぞっきん(正しくは袱紗=ふくさ)。

柄杓   茶碗、茶巾、茶杓、茶筅、棗
(柄杓)                                 (茶碗、茶巾(ちゃきん)、茶杓、茶筅、棗(なつめ))
袱紗
 (袱紗)

◎・・・ご隠居さん、青黄な粉に湯を注ぎ、茶筅をしきりに動かして泡立てようとしますが、一向に泡が立ちません。丁稚が、むかし石鹸がなかった時分に洗濯をするのに使うた椋(むく)の皮(正しくは同じく落葉高木の「無患子・ムクロジ」の果皮-水に溶けて石鹸のように泡立つサポニンが含まれているとのこと)を買うてまいります。これを煮えたぎってる釜ん中へ放り込みまして、ぶくぶくぶくと煮立てて、その湯を茶碗へ入れて、十分にかき回したもんやさかいたまらん、「うわッ、わー、ご隠居はん、えらいこっておますなぁ。茶碗から泡が盛り上がってまっせ」。なお、濃茶は泡立てません。

薄茶1  炉と釜2
(茶を点てる)
湯を注ぐ   薄茶3

薄茶4  濃茶1
(薄茶)                               (濃茶)

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 (ムクロジの木・ウィキペディアより)           (ムクロジの実-果皮にサポニンが・日高市HPより)

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 (種子は羽子の球に・人形の一藤HPより)

◎ここは一度、青黄な粉とムクロジの果皮で実験をしてみたいところ。ご隠居も、丁稚も、またご隠居からの招待状を受けて泣く泣く参上  した長屋の住人も、飲み下すのには難渋いたします。その味も是非試してみたいところ。
もっとも、毎日喫して、「お腹が下って、下って。なあご隠居はん、もう茶の湯やめまひょうな」「何、お前もお腹が下ってるか。わしもそう じゃ。ゆんべなんかお手水へな、十六ぺんも行た」「さいでおますか。わたいは一ぺんで済みました」「おお、若いだけにエライな」「そやおまへん、一ぺん入ったら出られしまへんねん」と、ここまではようやりませんが。

◎とくに、もとお侍の手習いの師匠、長屋の豆腐屋さん、大工の棟梁と次々にもがき苦しむ様は、本ネタの一番の見せ所です。・・・「確か、これを三辺回すということを、聞いたような気がする。」一番手に飲むはめになった手習いの師匠のこれが唯一の頼りでございます。 伺いましたところでは、まずご亭主がお茶を立ててお客様にお出しするときに、茶碗の一番いい正面のところをお客様に向けて置く。そしてそれを受けたお客の方は、茶碗を持ち上げてそのまま飲もうとすると、亭主のおもてなしの心の表われといえる折角自分に向けられた茶碗の正面に口を付けることになるので、その正面を外すために、ちょっちょっと茶碗を回すというのが本来の趣旨とのこと。落語では、これを両手もろとも30~40センチの円を描くようにぐるぐるぐるっと3辺回してもとの位置という風にやると、お客様の笑いが・・・。なお、この場面は濃茶の作法、すなわち薄茶のように一人ひとりがそれぞれの茶碗を飲み干すのでなく、人数分の濃茶が入った茶碗を次々に手渡しで飲み、最後のお客が飲み干すというお作法の方が話の運びがスムーズなようで。

飲み方1
(茶碗を手に取り)

飲み方2    飲み方3
(茶を喫す)

茶碗を廻す_edited-1    濃茶を手渡す
(茶碗を回す)                                (濃茶の茶碗を隣の人に手渡す)

◎お話の最後4分の1ほどは解説的な地の文が多い、演じ手にとってはメリハリをつけながらトントントンと話を運んで飽きさせない芸の見せ所。狂言回しは、ご隠居が菓子代を始末するため手作りします芋饅頭。さつま芋を一俵買うてきて、これを蒸(ふか)して、甘味は糖蜜(サトウキビから砂糖を取ったあとの廃液)でつけます。饅頭の型に使うお猪口の内らに灯し油(菜種や桐の油)を塗って、ギュッと 詰める、と、スポ~ンと抜けまして、形といい色艶といいまことにおいしそうな、「利休饅頭」てな名前をつけまして…口にいれますというと、さあそれがエグイとも苦いとも何とも言えん味で…「げッ…」。これも今後の試食課題ということで。・・・ドンドン。

乾菓子     主菓子
(干菓子=薄茶用)                             (主菓子・生菓子=濃茶用)

 

(参考サイト)

・丁稚がご町内で生垣越しに覗き見した光景を説明する中に登場する、

「有馬猫」:                       ArtWiki(http://www.arc.ritsumei.ac.jp/artwiki/index.php/%E6%9C%89%E9%A6%AC%E3%81%AE%E7%8C%AB%E9%A8%92%E5%8B%95)など

「盆画・盆石」:「細川流盆石」ホームページ(http://www.bonseki.gr.jp/whatsbonseki.html)など

・お客がこの垣根越しに芋饅頭を投げる「建仁寺垣」:

藤平竹材店「竹垣を作る①」(http://homepage3.nifty.com/fuj-takeya/kenninjikatamen.htm)など

 

<後記>
茶の湯を少しだけ齧っての感想は、長屋の連中が恐れをなすように、そらまあ一挙手一投足に渡るそのお作法のきめ細かなこと。それがまた、いちいちにもっともな理由があって納得させられます。水車なりに整理すれば、第一にそうすることで動作がムダなく素早く円滑になる、第二に見た目に美しい、そして第三に、これが一番大事かと思いますが、「お・も・て・な・し」のこころ。さらにその奥にはもっと深い精神性が・・・と思いますが、落語では、それらを全て外してやらせていただくことでまた日常世界を飛び出します。ともあれ美しい器、清々しい動作、和やかな気持ちでいただく一服のお茶とお菓子のおいしいこと。やはり日本文化の粋ですねえ。

(担当:水車)

2.二番煎じ(ツッコミ)

【あらまし】

江戸時代、各町には火の用心のための「番小屋」があって、夜回りをするために夜な夜な町内の者が集まって来ます。もとより飲酒は禁止されているのですが、寒さが厳しい夜のこと、こっそりお酒を持ち込んだ者がおります。火鉢で燗をして皆で飲むんですが、冷え切ったからだ、美味しくないはずがございません。何だかんだと盛り上がっておりますところに、見回りの役人がやってくる。とっさに「風邪の煎じ薬でございます」と見え透いた嘘をつくと、心得た役人が「味見をする」と言い出す。恐々差し出された「風邪薬」を飲み干したお役人、「なかなか良き風邪薬である」とお替りを所望しますが、お酒はもうおしまい。そこで「拙者町内を一回りしてまいる間に、二番煎じを出しておけ」。                    (南坊)

<参照:全編内容は「特選上方落語覚書」(http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/index1.htm)など>

【展示室】

こっそりと酒が持ち込まれたのを知ったこれも酒好きの世話役。困った顔をしつつも、もうたまりまへん。おのれが飲みたい下ごころ丸出しに、「え~え燗の道具がおまんねん。ここの番人の市助、今日は休み取ってもろてますけど、あれがまた好きでっしゃろ。ツッコミちゅうてええの持ってまんねん。ちょっと待っとおくなはれや。万さん。ああ、ちょっと立ってもらえまっか。すんまへん。立ったついでに、物取ってもらえまっしゃろか。えらいすんまへん。その棚の上にね、ツッコミがおまんねん。あの、土でこしらえた、先のとんがった、そうそうそう、鳩みたいな恰好した、それそれそれ。」

この「ツッコミ」を、四万十川への旅行の途中、高知市内で買いました(平成27年7月12日)。写真の品。商品名は「ハトかん2号」(300cc 210mm×75mm×h110mm)。落語にあるとおり火鉢や囲炉裏の灰の中に突っ込んで酒の燗をする道具です。本品の場合、釉薬が塗られていない部分を灰の中へいれて遠赤外線でじっくり温めるとまろやかな味のお燗ができあがるとのこと。以前にネットで調べて目をつけていたお店(植野陶器店)に、たまたまの旅行の途上に立ち寄ってゲット。消費税別で900円。産地は岐阜県の多治見(美濃焼)ということですが、扱う商店は少なく(そらそやわなあ)、北海道あたりからも注文が来るそうです。

ハトかん購入1  ハトかん購入2

一般的な名称としては、「はとかん(鳩燗)」のほか「鳩徳利」「鳩ジョカ」「鳩燗器」などが使われ、ネットで検索したところでは「鳩徳利」をキーワードとした場合が一番多くヒットします(「鴨徳利」というのもありますが、灰の中に突っ込んで酒を燗する形状でないものも多く、これは一応別ものとして区別しておくべきでしょう)。名前の由来は、見てのとおりその形状が鳩に似ているから。もっとも、尿瓶にも似ています。買ったお店のホームページにも「けっして尿瓶ではないんですよ」と書かれているくらいで・・・けど、入口の直径約4.5cm、容量300ccなら、1回分としては使える・・・かな? うん?女のヒトは・・・どう? ああ「じょうごをそえて」!?

月桂冠・鳩徳利
▲鳩徳利(鳩燗徳利)
備前焼。江戸時代後期のもの。
容量290ml、17cm×7.5cm×H7.5cm。
(月桂冠大倉記念館蔵)

酒の資料館
▲鴨徳利(左)鳩かん(右)
(黒澤酒造 酒の資料館蔵)

酒器処藤山
▲鳩燗器(創作酒器処 藤山HP より)

もともと炉端に差して燗をつけた「日向ちろり*」の変形したものとのこと(「焼酎の事典」菅間誠之助著/三省堂1985年より)(*宮崎地方で使われ、素焼きや錫製 Wikipedia)。「ツッコミ」は大阪中心の呼称でしょうか。大坂ミナミの金工師さんよる銀製鳩徳利の箱書きに「鳩突込」とあります(Gooブログ「骨董屋の独り言」より)。
家庭から火鉢や囲炉裏が姿を消した今日では、主に居酒屋さんなどで営業用に使われている場合が多いのではと思います。

食べログ囲炉茶屋1  食べログ囲炉茶屋2
▲食べログ「囲炉茶屋」(
静岡県熱海市)より

食べログ柳屋
▲食べログ「Yanagiya(柳屋)」(岐阜県瑞浪市)より

「ええ、これがツッコミちいましてね、これをね、火鉢の火の横手の灰のとこへ、ぐ~っとぐっとこう押し込んどきまんねん、ええ。しばらくしたらね、パチッて音しまんねん。燗ができたん知らしよりまんねん。昔の道具、よう出来てまっせ、これ上燗になりまんねん」。

かねてこの「パチッ」という音がどのような仕掛けでするものなのか、不思議に思っていました。プロの落語家さんに訊ねますと、「何か温度の変化に反応するものが別についていたのでは」とか「素焼きの粗末なものは温度で歪んで細かなひび割れでもしてそんな音がしたのだろう」とかお答えはさまざま。どなたも想像でおっしゃられるのみです。月亭文都師のブログには「推測するに炭がいこってパチパチ鳴る=そのころには燗ができている」という説が載っていました(BUNTO WORLD RAKUTEN「ツッコミ」考(2))。今回購入に際しお店の方に尋ねてみましたが、「燗ができたらパチっと音がする」というのは聞いたことがないとのこと。まあ、故・桂米朝師匠も「知らん」とおっしゃっていたとのこと(同)。これ以上の探求は、件のツッコミ=ハトかんで一杯やってからにします。でんでん。

(参考サイト)
・植野陶器店HP     http://www.uenotoukiten.com/zakki/zk2/zk2-s4.html
・月桂冠株式会社HP http://www.gekkeikan.co.jp/enjoy/culture/winter/winter03.html
・黒澤酒造株式会社HP http://www.kurosawa.biz/landscape/shiryoukan.html
・ひるね蔵酒亭HP   http://www.kt.rim.or.jp/~wadada/cyokayume/yamabknigo141012.html
・創作酒器処藤山HP  http://touzan.ocnk.net/product/9
・食べログ「囲炉茶」  http://tabelog.com/shizuoka/A2205/A220502/22003032/dtlrvwlst/5332414/
・食べログ「Yanahiya(柳屋)」     http://tabelog.com/en/gifu/A2103/A210301/21000023/dtlphotolst/1/11/?smp=l
・Gooブログ「骨董屋の独り言」http://blog.goo.ne.jp/sauceyakisoba/e/c8982697a57977384942183c0f8c9963
・楽天BLOG「BUNTO WORLD RAKUTEN」  http://plaza.rakuten.co.jp/hatten/diary/200506270000/

<後記:私の「二番煎じ」を聴かれた二十歳代の女性から噺の半分くらいしか分からなかったと言われショックだったことがあります。平成生まれの皆さんには、「ひのようじん」や「ひばち」「せんじる」などですら説明が要るのかも知れません。とりあえずは、昭和24年生まれの私自身にも具体のイメージ・実感がなかった「ツッコミ」を取り上げました。当面ご容赦を。>

(担当:水車)

 

 

 

 

3.百年目(男のきもの)

【あらすじ】

船場にあるけっこうな商家のおはなし。むかし、商家の奉公人といえば、上から「番頭→手代→丁稚」という厳然としたヒエラルキーが存在していたのだそうで、はなしの主役は番頭さんです。このひと、自他共に許す、お店の大黒柱。旦那さんからの全幅の信頼と他の奉公人からの畏怖を一身に集める、まさに仕事の鬼でございます。が、一皮むくと、「アソビ」のほうも一流で、旦那さんや店のものには内緒で、粋な隠れ遊びをする。ある春の午後、屋形船をしたてて桜ノ宮でお花見をしていたところが、通りかかった旦那さんと鉢合わせ。この旦那さんが叱るどころか「たまには誘え」と、またさばけた方です。はなしとしては、この旦那さんの鷹揚な懐の広さも素敵ですが、番頭さんの「ギャップ」に心惹かれる女性も多いのではないでしょうか。(南坊)

<参照:全編内容は「特選上方落語覚書」(http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/index1.htm)など>

【展示室】

故・桂米朝師匠の名演で知られる上方落語の大ネタ中の大ネタ。名人上手がやればまことに聴きどころ満載です。そうした中で、噺の前半、番頭さんの隠れ遊びの心理を浮き上がらせ、印象づけるのに大いに役立っているのが“きもの”です。

まずは、番頭さんを待ちあぐね早く船場のお店を出るよう促しに来た幇間。頭をツルツルに剃りまして、ちょっと尻からげして、下には海気のパッチを見せたという、もう太鼓持ち丸出しの恰好で店の前をうろうろするもんですから、番頭さんは気が気でありません。

海気は甲斐絹、改機、海黄とも-絹練糸で織った平絹。パッチは、朝鮮語由来、股引の長くて足首まであるもので、江戸では絹製のものを呼んだとのこと。(以上「広辞苑」より)

絹製の股引の適当な画像が見当たりませんので、ここでは甲斐絹の生地と祭り用の木綿製股引の画像を掲示しました。幇間さんの派手なパッチ姿が目に浮かびます。

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▲絵甲斐絹 1913年[大正2年]            ▲縞甲斐絹 1910年[明治43年]

(「甲斐絹ミュージアム」より)              (「甲斐絹ミュージアム」より)

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▲祭りの股引(Kimono Nagomiya)

使いの太鼓持ちを一足先に高麗橋の船着き場へ帰しました番頭さん、辻を二つばかり回ったところの駄菓子屋へ入ります。そこの二階に箪笥が一棹預けてございまして「お婆ん、邪魔するで」ギシギシギシギシ、上へあがるというとそこで店の木綿ものを脱ぎ捨てまして、自前の着物に着替えます。

下に着る肌襦袢は天竺金巾(てんじくかねきん)に八王子の衿のかかったもの。「天竺」は、天竺木綿の略で、もとはインドから輸入、金巾よりやや厚手の白生地木綿織物。「金巾」は、ポルトガル語由来で、細く上質な綿糸で目を細かく薄地に織った綿布、カネキンまたはカナキン。「八王子(織)」は、八王子市およびその周辺で産する織物の総称、多摩織。(以上「広辞苑」より)
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▲金巾の生地(アトリエ・ヴォルト)       ▲多摩織(八王子織)(呉服のかわむら)

その上に着る長襦袢は、京都へさして別に染めにやりました自慢の品でございます。鶯茶の地の上に大津絵の一筆書きを散らしたという、ごく粋(すい)なもの。

鶯茶は、緑に茶と黒のまじった色。大津絵は、近世初期より近江国大津の追分・三井寺辺りで売り出された民衆絵画。代表的な画題は「鬼の念仏」「槍持奴」「藤娘」「瓢箪鯰」「座頭と犬」など。(以上「広辞苑」より)地色が鶯茶の長襦袢は適当な画像がなく、以下に鶯茶の着物や生地と代表的な大津絵を掲げました。

鶯茶の着物(二代目清次)  うぐいす茶(コスモテキスタイル 麻キャンバス 無地 生地 リネン100% )

▲鶯茶の着物(二代目清次)               ▲鶯茶の生地(麻リネン)
(やまてんブログ)                       (コスモテキスタイル)

▼「大津絵」(大津絵の店・大津絵十種より)

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▲鬼の念仏               ▲槍持奴                    ▲藤娘

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▲瓢箪鯰                       ▲座頭と犬

さて、着替えを済ました番頭さん、着物、羽織の紐から持ち物、帯、雪駄の鼻緒にいたるまで、一部の隙もございません。どっから見ても大店(おおだな)の立派な旦那が出来上がり、チャラチャラチャラチャラ雪駄を鳴らしながら皆を待たしてある高麗橋へやってまいります。

一部の隙もないということは、付けている品が高質であることは申すまでもありますまいが、またそれぞれの着付け・着こなしの方も洗練されているに違いありません。

翻って私ども素人落語家の多くは、品が低質であることは言うに及ばず、着付けすらなっていないと自認するところ。「百年目」を演じるというような大それたことは考えないとしても、やはり着付けぐらいは何とかしたいもの。

そこで企画しましたのが「男のきもの着付け教室と落語『百年目』を聴く会」というマニアックな催し。平成27年11月29日に、大阪・御堂筋の古刹、三津寺さんで開催しました。着付けの講師は、らくてん会の三味線担当で、プロの着物コンサルタント、普段は着付けを教える人を教える立場の冨田道子さん(全日本きものコンサルタント協会所属)。落語の方は、アマチュアで「百年目」をきっちり演じられる方はそう多くないと思います-らくてん会でもお世話になってます柱祭蝶さん。祭蝶さんの落語には、まきぞうさんの三味線、古印亭勝丸さんの太鼓も入るという幸せ。参加者各人が実際に着付けるため、あまり多くの方には参加いただけませんでしたが、その分まことにリッチな気分になれた晩秋の午後でした。

▼「男のきもの着付け教室と落語『百年目』を聴く会」

男のきもの・百年目チラシ-1(H27.11.29)           
  
  

事前に数人の素人落語仲間に問うたところでは、お互い日ごろの自分の着こなしについてよく似た悩みを持っていることが分かりました。以下は、その主なものと、この催しで判明した(とは大げさですが)解決策の一番キモのところです。次の写真は、終演後の記念撮影で動かぬ証拠が残されていました本稿担当の悲惨な姿。下記の問題点のうち①から⑤がすべて当てはまります。

鏡のないところで襦袢や着物の前を正しく合わせられない→ 襦袢は、背縫いが背中央に来るように、顔の中心で衿先を合わせ、衿を首に添わせます。着物を羽織ったら、両袖口を持ち、衿山を左右にピンと引くことで、これも背縫いを背中央に合わせます。
    

襦袢や着物をきちんと合わせても腰ひもを回すとき締めるときにモタモタとしてズレてしまう→ 前を合わせた右手で着物を押さえたまま左手で腰紐の中央を持ち素早く腰骨に当てられるよう、あらかじめ腰紐の真ん中を取りやすいように準備しておきます。

動きの激しい落語を演じるとどうしてもカッコ悪く着崩れる→ 結ぶ間に腰紐が緩んでしまうのが一因。おなかを包むように、後ろでやや高く交差させて回した紐は、二本ともにからげてから結びます(中心に結び目が来ないように)。また、痩せた人は、おなかにタオルを巻いたうえで腰ひもを掛けます。

鏡のないところで襦袢の衿がカッコよく適度に見えるようにするには→ 襦袢と着物の衿に人差し指をあて、指先から第一関節までの長さを目安に、襦袢の衿が1~1.5㎝見えるように衿合わせをします。衿合わせをしたら、紐より下で衿山を引いておくとすっきり仕上がります。

ポリの着物ゆえか、帯を前で結んで後ろへ回すと、着物がよじれてズレてしまう→ 帯を後ろで結べるようになればこのような事態はなくなります。前で結ぶのに慣れたら、帯の姿をイメージしながら後ろで結べるようにします。はじめは後掲のテキストを見ながら稽古すればよいでしょう。もっとも、絹の着物を着ている人から、帯を前で結んで回しても着物がよじれたことはないと聞きましたが…。
  

簡単な結び方では、羽織の紐がどうしてもゆがむ→ 平打ちの羽織紐の場合、最も簡単な普通の結び方ではどうしても左右にやや傾きゆがみますので、テキストにあるような平紐の結び方をします。この結び方一つを覚えれば、丸組みの紐にも使えて便利です。
  

狭い場所で着物をたたむのに難儀する→ ポリの着物なら袖だたみでもどうということないかも知れませんが、狭い場所でも立ったままで本だたみができればそれに越したことはありません。西成区山王のリフォーム着物屋さんで教えて頂いたのがテキストにある立ったままでの本だたみです。衿を本だたみのように折り重ね、肩山、袖山を揃えたのち上前、下前の各肩山を衿肩あきというポイントで反対側に折り返して重ね合わせるのが一番肝心なところです…と、こう言うてもお分かりにならんでしょうね。テキストを見ながら実地に試みてください。
  

以上、プロの落語家さんにとってはまことに初歩的なことかと思います。アマチュアも素早く美しく行きたいもの。仲間からも、「貝の口」以外のカッコいい帯の結び方や、袴の正しい付け方・畳み方といったより高度なことのリクエストもありました。後掲の「男のきもの着付け教室テキスト」欄に当日のテキスト全頁を掲げていますので、ご参照ください。

さあ、番頭さんの方は、屋形船が桜ノ宮へ着くころには酔いが回って、皆にされるまま、扱帯(しごき=女性の腰帯の一)をあごの下からグルッとまわして結び、顔が見えないよう頭の上に扇子を付け、「ちょっと片肌脱がしまひょ」「あかんあかん、肌脱がすやなんて、何をすんねん。これ、これこれこれ…」と言いましても下には別染めの襦袢、それを見せたいなぁちゅう気持ちもあるさかい「何をすんねん…」綺麗ぇに脱がされて、皆に押されるようにして陸へ上がります。

噺の後半、旦那に隠れ遊びの現場を目撃されてからは、もうまさに番頭さんや旦那さんの心理描写そのものが焦点。画像でご紹介するのが相応しい背景描写や小道具は見当たりません。演者の力量がもろにあらわれるところ。本担当など演ろうとしても、もうそれで百年目(「おしまいの時」の意、陰謀などが露見した時などにいう-「広辞苑」より)となるのがオチの「百年目」でしょう。出る幕ではありません。オシマイ! でんでん。

(参考サイト)

・甲斐絹ミュージアム(山梨県富士工業技術センター) http://www.pref.yamanashi.jp/kaiki/

・Kimono Nagomiya  http://global.rakuten.com/en/store/753ya/

・アトリエ・ヴォルト・らくてん市場店

http://item.rakuten.co.jp/atelier-votre/10000127/

・呉服のかわむらHP http://kimonokawamura.i-ra.jp/

・福井・若狭・小浜「やまてんブログ個人的覚書」ヤフオク出品情報http://blog.livedoor.jp/yakisabazusi/archives/2014-11.html

・ヤフーショッピング・コスモテキスタイル http://store.shopping.yahoo.co.jp/quickspeed15/2bbo579lut.html

・大津絵の店HP(管理者 高橋信介) http://www.otsue.jp/intro_busi.html

・大津絵美術館HP(滋賀県大津市・総本山円満院門跡・内) http://www.enmanin.com/otsuemuseum.html


(男のきもの着付け教室テキスト)
表紙      着物名称

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<後記:柱祭蝶さんの「百年目」、口演は久し振りとのことでしたが、予想どおりまことに味のあるもので感激しました。やはりこのネタは、ある程度社会人としての経験を積んだ中年以上、サラリーマンなら管理職の経験者が演るのが良いのかなと思いました。本稿アップロードまでには、落語に登場する別染めの襦袢など相応しい本物に遭遇できず今後の課題となりました。前掲の「男のきもの教室と落語『百年目』を聴く会」のチラシには、ご縁あってプロの落語家さん桂福丸師の素晴らしい着こなしのお写真を使わせていただきました。福丸師のご了解を得たつもりで作成し画像データを送りましたところ、「なるほど、胸のところのアップてこーゆーことだったのですね」とのご返信が届きました。きっと「ええ~ッ、私の顔はどこに?!」とお思いだったでしょうね。お心の広い福丸師に、改めて感謝申し上げます。>    (担当:水車)